気まぐれmaiコラム





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お疲れ様でした。 :: 2009/01/23(Fri)

H21年1月20日、母方の祖父が亡くなりました。

2年半前から自宅では介護できない状態になり病院のお世話になって
いたのですが、その間にも肺炎になったり体調を崩したりと何度か
危ない状態になっては持ち前の強さで元気になっていたので、今回も
また回復してくれると私も母も親戚も皆思っていたんですけど・・・
願いは伝わらなかったです。

18日の朝から容態が急変したとの連絡が病院から入り、親族みな病院へ
急いで駆けつけると、酸素マスクをつけられた祖父の呼吸は荒く、肩で息を
していました。高熱もあったし本当にきつかったろうと思います。

「じいちゃん!頑張らんばよ?」

という問いかけにももう答えられない状態で、意識は殆ど無かったです。
だけど、祖母の問いかけにはかすかに反応したんです。
夫婦の絆の深さに感動しました。

このときはまだ6人部屋にいたんですけど、翌日仕事が終わって病院へ
向かったときには個室に移されていました。その時点でもうながくないのかなぁ
と感じた矢先に母から

「病院の先生からあと2?3日が山だと言われた」

とがっくりとした様子で告げられました。
仕事が終わった親戚が次々に祖父のもとへ集まり、みんなで夜中まで
看病しました。
母の妹が朝方まで看病し、翌日は母と伯母が交代で病院へ行ったときには
祖父の様態は悪化し、脈が乱れていたそうです。
私も何故か胸騒ぎがして気持ちが落ち着かずに仕事をしていたのですが、
母からお昼前に連絡があり、祖父が危険な状態だからすぐに病院へ来る
ように言われました。
覚悟はしていたけど、実際に告げられるとショックで頭が真っ白になり
しばらく震えが止まらなかったです。
どうか私が行くまで生きていてくださいと運転中ずっと願ってました。
病院へ着き急いで病室まで行くと、家族みんなに囲まれた祖父が浅い呼吸
をして待っていてくれました。

「じいちゃんきついね?待っててくれて有り難う」

と言いそれ以上は言葉にならなかったです。
私が付いて5分ほど経ったとき、息を引き取りました。
最後に激しい苦しみにあうことなく、静かに。

私は両親が共に働いていて母の帰宅時まで祖父母のところで面倒を見て
もらっていました。保育園から中学へ上がるまで。
お酒が好きで、外出好きの祖父。たまに頭に来たこともあったけど、
今となっては良い思い出です。

じいちゃんお疲れさまでした。ゆっくり休んでね?♪



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